院長プロフィール:腰痛と肩こり体験談(!?)

 院長プロフィール


腰痛編(慢性腰痛・椎間板ヘルニア・ぎっくり腰・骨盤痛・脊柱管狭窄症) 
 

 

小学校5年の柔道開始から40歳代後半まで、趣味の武道・格闘技・古武術の稽古に励んできていました。

誰ひとりとして治してくれはしなかったのに、小学校の頃から「このままだと、将来、腰が大変なことになるぞ!」と様々な治療家や民間療法家からおどかされ続ける。

その予言(?)をとっくに忘れ去っていた今から約6年前のこと。

年齢が40代後半になった年末のある夜、こじんまりとした宴席の終わりになって、突然の激痛と痺れに襲われたのです。

それが、整体を本業とするきっかけとなったのですから人生とは分からないものです。

セミプロの整体師として20年以上の経験があったのですが、絶対の自信をもって使い続けてきた技術を自分に使うことはできず仕舞い。


セルフケアで症状をごまかしつつ病院廻りをしているうち、段々と腰痛・骨盤痛・坐骨神経痛・右脚の痺れは悪化の一途をたどり、間歇跛行(かんけつはこう)と右脚がときどき麻痺するようになってしまったのです。


通う病院の規模も徐々に大きくなり、東京で有名な総合病院でMRIまで撮ってもらった結果は脊柱管狭窄症。

父親が患った難病指定の広範脊柱管狭窄症ほどひどいものではありませんでしたが、腰の2ヶ所に立派な(?)ヘルニアがあり、そのうちの下の方のヘルニアの位置では脊柱の中を走る靱帯が太くなって前後から圧迫していました。

数回しか見たことがなかったMRI画像でしたが、ひと目ではっきりと分かりました。


20年以上も手術をしてはダメだと偉そうに言い続けてきた私が手術を受けるわけにはいきません。

まだ、整体歴20年以上の変なメンツは保てていました。

それにヘルニアと腰部脊柱間狭窄症で名高い某有名病院で手術を受けた父親が1年5ヵ月後に再び歩けなくなってしまったのをそばで見ていましたから…

右臀部と右脚裏側の痛みと痺れ、そして怖かったのが時々生じる、右脚の麻痺。

自己流の体操を行っていて気付くと、床の上に倒れこんでいるのです。

そしてなぜか笑っている自分に気付く。


人間、本当に困ると乾いた笑いが出てくるというのは本当でした。あんな嫌な笑いはこの人生において一度も経験がありませんでした。


それからは、20年以上前に覚えたくても断られた系統の療法や、存在は知っていても色々な意味で複雑そうだったので行かなかった整体のスタイル。

有名な施療家の治療院や施療院。色々廻った挙句、自分が学びたくても学べなかった系統の技術を用いるところに十数回づつ通いました。

その後は20年以上セミプロとして活動していた頃の知見とノウハウをベースに新しい技術を解析・解明して自己流エクササイズを作り出しました。


そして自分を信じて1週間。

今思うと無茶苦茶な運動量でした。

1日に正味でも7〜8時間は次々とやっていました。

それ以外は、風呂にゆっくりつかり、ストレッチ。

今までこんなハードなことは武術や格闘技の稽古でも体験したことがないほど。

結果が表れ始めたのも早く、1週間で十分な手ごたえを感じました。

立って行っていたはずのエクササイズの最中に“ふと気付くと倒れ込んでいる”という怖ろしい状況はなくなっていた。

自分自身では感じることができない右脚の麻痺(まひ)が消えたのです。

それ以降、以前には2時間程度しか行っていなかったウォーキングを最低でも3時間に延長しました。

それも骨盤を強く固定して、且つ異常とも思われるほどの大股で…


そんな生活が2ヶ月ちょっと続いた所で、骨盤を強く固定していた器具を外しました。


こわごわと、でも思いきって試した結果は吉とでました。

痛みは日常生活に支障が無い程度まで回復していたのです。

久し振りの武道場の稽古でも、今回の件で倒れる1年前から感じていた臀部の左右で縦に走る鋭い痛みは無くなっていました。

今思えば、そのとき真面目に対処していれば、極限状態まで陥ることは無かったのでしょうが…


それからは、1日1時間から1時間半程度で半年間位セルフケアを続行。

その頃毎日記した日記が私の新しい施療体系での再発防止ケアを指導させていただくときの宝となりました。


ヘルニアも狭窄症もそのまま残っている状態ですから、本当に腰が良くなったのかどうか確認するため、3年間に渡って夜勤の軽作業という名前の肉体労働を行いました。

生まれて初めて、数時間連続で荷物を移動したり、立ちっぱなしでほとんど動かずに上半身だけを捻って動き続けたり。

思った以上に様々な方向から体に負担をかけることができ良い経験となりました。


外側の筋肉を酷使する昔のタイプの肉体労働と、インナーマッスルと呼ばれる体の深い所に位置する姿勢を固定したりするのが主な役割である筋肉たちを虐(いじ)めるいわゆる今風の肉体労働(?)の両方を体験できたからです。

その3年間のもうひとつの目的は、自分に足らないと思われる知識と技術の習得と勉強、そして以前から用いている技法のうち流用できるものを全て完全に復習することだったのです。

有給でカバーできる範囲などの話ではありません。

1カ月のうち、ひどいときには会社に15日間も欠勤申請を出していました。

欠勤と治療系講習会への参加費、そして書籍を購入するため、生活はギリギリでしたが本当に勉強になった3年間でした。


その後、セミプロ時代のお客様や友人・知人たち、そしてその紹介してくださった方々だけを対象に施療を続けてまいりました。

今回、このホームページの開設をきっかけに、ひろく皆様方へ私なりの整体施療をお受けいただきたく、自己紹介代わりに腰痛体験談を申しあげた次第です。

 

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 肩こり編(鎖骨骨折後遺症・肩のインナーマッスル部分断裂・松葉杖練習後遺症?)  


高校時代に3年振りにできるつもりで試合した柔道。そのときの鎖骨骨折が現在まで35年間もつづく肩こりの原因でした。

打撲だとの診断を受け、その1週間後に参加したもうひとつの試合で実力があることで著名な接骨医の先生を紹介され、その場で「これは、折れてるな。打撲なんかではない。今夜治療院に来なさい!」と言われ納得(!?)

その晩施術を受けに行きました。

武道の稽古で痛みには慣れていたので骨接ぎの痛みは問題なし。

その後のテーピング固定によるかゆさもかぶれもギプス固定の不自由さを考えれば我慢できました。

でも、その後40年もその後遺症に悩まされることになるとは夢にも思わなかったのです。

骨折部分は若さもあり、たちまち完治し、動かせるようになりました。

それからは柔道をするチャンスもなく当時夢中だった空手道とボディービルのジムでのウェイトトレーニング三昧。
でも今まで感じたことがない肩こりがでてきたのです。
「若いのに…」と言われつつも、治療も施術も施療も受けずにたまに家族から力まかせでテクニックのない肩もみをしてもらうだけでした。

大学の授業でテニスを行った直後、骨折した側の腕が上がらなくなり、そちら側の首の付け根から肩先までは赤く熱をもってパンパンに張っている状態。

帰宅後、合わせ鏡で見て驚いたのを覚えています。その辺りを骨折でもしたのかと思ったほどでした。

病院では「テニスのサーブで(30〜40回練習しただけなのに…)肩を使いすぎたんでしょう。湿布を貼って少し休めば治りますよ。若いんだから。ハ、ハ、ハ、ハ…」とだけ言われて帰宅。

治るわけありません。
結局、無理矢理動かす自己流体操でそのひどい肩こりだけは改善できたつもりでいました。

それ以降は、酷(ひど)い肩こりとハードな運動をするとその日から数日の間続く肩の痛みに悩まされるようになりました。

その間には、人間関係のため断りきれずに手を触れずに治癒させるという触れ込みの、宗教の2団体とルーツは同じでも形態が異なる1つのスタイルの、合計3種類を受けさせていただきました。
結果はもちろん何の効果も無し。長時間動かさなかったため肩はよりいっそう痛くなったというオチが付いただけ(信じていないのだから効かなかったのは当たり前ですね)というのは余談でしたが…
それこそ、反対の手を使わないと腕をあげられない。電車やバスの吊り革もつかめないほどでした。

どうも鎖骨と肩先をつなぐ関節が捻(ねじ)れてしまい、いつもそこに力が加わっている状態となってしまったようです。

 

40歳位のとき、今度は道場での指導中に空転受身を失敗。


肩から畳に落下して全体重が肩に。


肩の内部の深いところにあるインナーマッスルのひとつを部分断裂し、それ以来、肩こり以外に、肩の別の部分に鈍(にぶ)く重い痛みが続いています。

肩こりと肩の鈍痛については様々な施療、施術、治療を受けても、痛みが消えたような気がするのはそのときだけ。
 

一昨年、階段から落ちて出っ張っている右膝下の骨を強打。

整形外科の研修医の先生に剥離骨折と誤診され固定具を付けて松葉杖を使うように。

2週間の松葉杖トレーニングのせいで、肩の部分断裂のままだった部分が悪化してしまい、その後自己施療で3ヶ月も掛かってしまいました。

理由は簡単です。お客さまには「無理するとかえって時間がかかりますよ。徐々に筋力を回復し、ストレッチングも痛くない範囲でお願いしますね!」と言っているくせに、自分自身では強くハードなトレーニングを行い症状を悪化させてしまったためでした。

でもこの一件以外では、日常生活でも軽いスポーツでも、腰の状態をチェックするための肉体労働3年間でも、武術の稽古でも全く問題無しの生活を送ってまいりました。

肩近くの小さい関節も、肩のインナーマッスルも、手術せずにセルフケアだけで症状をコントロールし続けて現在に至っております。

このようなわけですので、腰痛に対するのと同じく、肩こりに付いても必死で勉強し、様々なセミナーや講習会にも参加し、あらゆることを試し、そして効く理由と効かない理由を分析し、おおげさに聞こえますが、自分の体をもって人体実験をしつづけてまいりました。

施療家や施術家には、自分自身が色々と苦労した経験をもつ方が多いようです。

それは「痛みはそれを体験した者にしか分かりません。苦しんでいる状態は苦しんでいる者にしか理解できません。そして、それを改善するお手伝いは自らがそれを克服した者にしかできない」からではないでしょうか?

とくに腰痛や骨盤周りの痛みで苦しんでいらっしゃる方々と肩こりなど背中の上部から首、そして肩にかけての部分の問題で苦労なさっていらっしゃる方々のお悩みは他人事とは思えないのです。
 


そのために、“腰痛・肩こり”という枕言葉(?)を火水流整体術院の前に付けることにした次第です。

長文の“腰痛・肩こり体験談”へのお付き合いありがとうございました。

自らのつらくハードな実体験を通して、「どんな状況でも、たとえ完全改善できなくとも、その痛みを改善したり軽減する方法はあるのではないか?」と今は考えております。

またそのようにお客さまへはお伝え申し上げております。


もし、この今現在、酷い腰痛や肩こりなどにより、おおげさではなく“生き地獄”のまっただなかで苦しんでいらっしゃる方がいらっしゃるかも知れません。


もしこれをお読みでしたら、ぜったいに希望はお捨てにならないようお願い申し上げます。

あきらめや早急な決断を急がないでいただきたい。

何らかの原因により当院の施療をお受けいただけない状況にいらっしゃっても問題ございません。

 

その前に当院まで、ぜひともご相談ください。できる限りのお手伝いをさせていただきたいと考えております。

 

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